20年前の他愛もない日常が、かけがえのない大切な時間であった理由

私にとっては20年前の他愛もない日常こそが、かけがえのない大切な時間だったと断言できます。なぜかというとその時があったからこそ、今の幸せな自分がいると思うからです。20年前は私はまだ小学生でした。小学生時代のことをほどほどに勉強し、あとは遊んでさえいれば良いため、そこまで重要な時期ではないという人もいます。しかしそれは違うと思います。小学生時代の過ごし方こそが、将来の自分を決めると言っても過言ではないと思うからです。

小学生時代に虐待を受けたり、両親の離婚などによって心に傷を負ってしまった経験がある人は、心が豊かにならないということが最近わかってきました。中には虐待を受けてきた子供が今度は自分が大人になると、また子供に虐待を加えてしまいやすいとも言われています。それだけ小学生時代が大切だということです。

そんな小学生時代を、私は虐待を受けることも一切なく、両親の離婚もなく、大切にされながら育ちました。そのおかげで現在、心豊かな大人に育つことができたと思っています。つまり特に目立った出来事などはなかったものの、心に傷を負うことなく過ごせた小学生時代の他愛もない日常は実は、かけがえのない大切な時間であったということです。逆に言えば、この小学生時代の他愛もない日常がなかった場合には、現在私は荒んだ心で投げやりな人生を送っていた可能性が高いのです。そのように考えてみても、いかにかけがえのない大切な時間であったかが更によくわかると思います。

そんな私の小学生時代について、もう少し情景などもよくわかるように説明します。両親と祖母と一緒に住んでいました。ありふれた家庭という感じで、特別何かすごいことをしたわけでもありません。けれどもみんなが常に笑顔でした。朝食と夕食は必ず家族全員で一つのテーブルを囲んで食べていました。誰も一切喧嘩をしてしまうこともありませんでした。月に1回の外食と年に1回の旅行という、ありふれた楽しみも本当に楽しいと感じていました。