あのときの通学の道もいまでは

 

わたしの通っていた高校は、田舎の丘の上に建っていた。坂道が急で、自転車通学の学生たちも、わざわざ降りて歩いているほどだった。
新入生などはまずその愚痴をいうことからスクールライフがはじまる。なれている人たちは学生らしい中身のない会話をしながら、坂をのぼっていく。

わたしは一人で通学することが多かったけれど、まわりからきこえてくる何気ない言葉と笑い声を聞いていたらさみしいと感じることはなかった。朝の時間だけなのだろうが、車のとおりも少なくまばらで、乱暴な運転もあまり見ない。通学路に植えられている木々は季節によって色をかえていく。春のサクラと秋の紅葉はみごとなものだが、冬の枯れ木もふぜいがあってすきだった。

今思えばすきだったと思えるといったほうが正しいか。

当時はそうした環境をあまり心地よく思っていなかった。田舎なので山側のほうにはいろいろな病院や自衛隊関係のもろもろがあったり、
なんというか世の中のアクのようなものを押しつけられている感じがして嫌だった。

生徒が事故を起こしただの、サギの被害に合いそうになっただの、ちょっとした事件がおきただけで大騒ぎになってうっとうしかった。それもいまでは自分たちが守られていたのだと感じる。毎日を平凡に過ごしながらいつかはこの街をでてやるんだと考えながら三年間経って、実際そうなった。

東京に出てきてからは、初めのうちは楽しかった。

 

 

文化や芸術は一流のものに出会えるし、テレビや雑誌で紹介された食べ物屋さんなどに、次の日に行ったりすることもできる。
芸能人を街で見つけることも珍しくない。

しかし何年住んでも、自分は異邦人なのだという感覚がぬぐえなかった。いいところはたくさんあるけれど、風光明媚な場所はすべて観光地化されていて、自分たちだけの場所といった感じはない。毎日いれかわる大勢のうちのひとりでしかなく、土地の歴史を過去の人から受け継いでいるわけではない。

過去の記憶を美化しているだけなのだろうか。それを確かめるために今度地元へ帰ったときは、もう一度あの坂道をのぼってみようと考えている。